とても「痛い話」です

誰でも「痛い話」は持っていると思う。

あ、ここで言う「痛い」とは、たとえば「痛いニュース」のように、ネットでよく使われる「残念だ」とか、「アホみたい」とか、「バカじゃねえの」とかいった意味の「痛い」ではなく、正真正銘、言葉どおり身体で感じる痛みのことだ。

「痛かった話」で検索すると、こういうブログがあった。

 
漫画家「とり・みき」氏の作品に「痛い話」というものがある。読者から寄せられた痛かったエピソードを紹介し、最後に「痛さ度」を10段階で評価するという非常にシュールな漫画である。

 例えば
● ささくれを剥がしたら思いのほか深くえぐれてしまった。 「痛さ度」 1
● チョコレートにくっついていた銀紙を奥の銀歯で噛んだ。 「痛さ度」 1
● 思わず落としたビールジョッキが足の小指を直撃。 「痛さ度」 3

  解説 足の小指関係はけっこう痛い。

 といった具合である。

「痛さ度」が進むと読んでいるだけで「ギャー! い、いたたたたっ!!」となる。

● 消防士が火事の現場で2階から落ち、着地の際に五寸釘を踏み抜く!しかも、その釘は火事の熱で真っ赤に焼けていた!!! 「痛さ度」 6 

おのみちたかし氏 ”つれづれぺんぺん草”「痛かった話」より 

まことに、想像するだけで痛くなってくる。
足の小指関係は、本当に痛い。
家の中を歩いていて箪笥の角なんかに小指だけぶつけたときの、あの痛さ。

ぶつけた瞬間、「あっ、しまった」とまず思う。
その小指から脳に痛みが伝達するまでに0コンマ0何秒の、「痛みが必ず襲ってくる」という確実な予感。
しかし、そのせつなさは、ぐわっときた激痛にかき消されてしまう。

自分が感じた痛みのなかで、最大級のものは、昨日の記事に書いた交通事故のときだろう。

アスファルトとの摩擦でえぐられたひざ下の皮膚。
事故直後は、アドレナリンが出まくっていたのか、なんともなかった。
しかし搬送された病院で、医師が不用意にその傷に触ったのだ。

今まで生きてきて、あれほど大声で悲鳴をあげたことはない。
さっきのブログの「痛さ度」では、ダントツの10だ。
痛みがおさまるまで、かたく握った両手の拳を胸の前にして、声をあげながらワナワナとふるえていた。

不器用なクセに大工仕事なんぞをして、ノミで木材を削っていたとき、自分の腕も削ったことがあったし、キャベツを切っていて、左手の中指の表面を2ミリほどスライスしたこともあった。
しかし、そのときの痛みをはるかに凌駕した、「本当の痛みというのはこういうものだ」と思い知らされるほどの激痛だった。

それと、これら「外傷による痛み」とはまた別の、身体の内部からくるジワジワとした、激痛。
それも、体験した。

妻はその日、近所の主婦たちと、鹿児島の指宿まで旅行に出かけていて留守だった。
息子ふたりは、遊びに出ていて、家には自分ひとり。
妻のつくったおかずをレンジであたためて、ビールを飲んでいたとき・・・。

下腹部に、今まで感じたことのない激痛が襲った。
いや、正確にいえば、その種の痛みは、かつて感じたことがあった。

高校生だったとき、クラスマッチでソフトボールの試合があった。
自分は捕手をまかされ、荒れ気味の投手の球を必死になってさばいていたのだが・・。

ベースの前でワンバウンドした球が、若干のイレギュラーをして、自分の股間を直撃した。
球がタマとぶつかったのだ。

声も出なかった・・・。

無言で自分は、目の前の地面に突っ伏した。
どよめきより、笑いが巻き起こり、女子の間から「いや~ん」という声がきこえてくる。

そう、あのときと、まったく同じ痛み。

それが、前後の脈絡もなく、突然に、自分を襲ったのだ。

自分は、救急車も呼ばず、自力で救急病院まで車を運転して行った。
今、考えると、なんと無謀なことをしたんだろうと思う。
間欠的に襲ってくる激痛に、涙をとめどもなく流しながら、4キロの道を運転したのだ。
よく、事故を起こさなかったものだ。

自分はとんでもない病にかかったらしい。
これから数年は、再起不能だろう。
いや、一生、入院生活を余儀なくされるかもしれない。
いやいや、それどころか、死期がもうそこまで迫っているのかもしれない。

そう覚悟をするほどの痛みだったのだが、なんのことはない、医師の下した診断は、「尿管結石」なのだった。

どのくらい痛い?尿管結石の痛みの特徴・強さ


座薬を肛門に入れられて、一度おしっこをすると、嘘のように治ってしまった。
どうやら石が排出されたらしい。

しかし、あの激烈な痛みは今でも忘れられない。
そのとき医師が話したのは、「尿管結石による痛みは、妊婦の陣痛に似ている」ということだった。

だとすると、女性は出産時にこれほどの痛みを経験するものなのかと、自分は実感したような気がした。
そういう痛みを経験した末で授かった子に対する愛情の深さに、男がとても及ばないのが、よくわかった。

いざとなった切所で、男性は意外な「弱さ」を露呈するものだ。
女性の生きるうえでの強さ、というより「図太さ」(笑)は、痛みに耐えて命をつくり、命をはぐくむ、その特質にあるのだろう。

「痛み」という、決してあってほしくないものは、じつは生命を強化するために存在する。
何度かあった「痛み」の経験から、そういう大事なことを教えてもらったような気がする。