幼さの罪


桜散る季節。
僕の大事なひとも散っていった。

そのひと・・僕の母は死の床にいた。
僕は意識のない母の横で、何時間も、ただぼうっと座っていた。
病室の外に見える満開の桜が、強い春の風に散らされて、吹雪いていくのを眺めながら。

肝臓に発生した癌細胞は、か細く小さい母のからだのあちこちに転移し、拷問のような苦痛を与えつづけていた。



「痛い。痛い。お願い。助けて」



訴える母の言葉に、無力な自分を感じずにはいられなかった。


主治医にかけあい、苦痛を少しでも和らげる処置をお願いするのが精一杯だ。


やがて、大量に投与されたモルヒネによって、母の意識は混濁し始めた。
うわごとみたいなことを口にし、突然はね起きて暴れたり、僕を指差して罵ったりした。




もはや、僕が誰であるのか、自分がどこにいるのかさえ、わからなくなっていたようだ。
母はすでに外界にはなんの関心もなく、迫り来る「死」という事実に対して本能的な反応をするだけの、一個の生物になってしまっていた。





人様に迷惑だけは、かけてはいけないよ。





そう、僕に教え続けた、愚直だった母が、いったい、どんな罪を犯して、このような苦しみを味合わなければならないのか・・。

ようやく眠りについた母を見守りながら、僕はあることを思い出していた。
小学校5年の夏休み。
浚渫船の船長だった父は、船のドック入りに伴って四国の今治に長期出張していた。
「お父さんのところへ行こう」
母は、急に僕と弟に向かって言った。

四国に渡る船のなか。
母は船べりに立って海を眺めていた。
そのうしろ姿は、声をかけようとした僕を拒絶するような寂しさがあった。
耐え難いほどの孤独と、心細さが伝わってきて、僕の胸を刺した。
そこに立っていたのは僕の母ではなく、ひとりの女だった。
幼かった僕にも、それははっきりと感じられた。

ほどなくして父の浮気が発覚した。
見知らぬ今治のアパートで、幼い僕ら兄弟を連れた母の前で、父は、ただ顔を青黒く染めていた。部屋の片隅に座った若い女が、居直ったように、うすら笑いを浮かべていた。

それからの地獄のような日々は、思い出したくもない。
諍いの絶えない暗い家庭で、僕は思春期を過ごさざるを得なかった。
若く美しかった母の記憶は、あの船の上のうしろ姿が最後だった。

でもね、お母さん、今になって、あのときのあなたの気持ちはわかるよ。
あのとき、僕は幼くて、自分のことでいっぱいだった。
お母さんの気持ちを推し量れるほど、成長していなかった。
もし、あのときの僕が今くらいの年齢の僕だったら、お母さんに言ってあげられたこと、してあげられたこと、たくさんあったのに。
幼くて、残念でした。
幼くて、ごめんね。

僕は眠る母に、そう語りかけた。
しかし、そのときの母はなにも答えず、僕の眼には死への準備で忙しいように見えた。