とても「痛い話」です

誰でも「痛い話」は持っていると思う。 あ、ここで言う「痛い」とは、たとえば「痛いニュース」のように、ネットでよく使われる「残念だ」とか、「アホみたい」とか、「バカじゃねえの」とかいった意味の「痛い」ではなく、正真正銘、言葉どおり身体で感じる痛みのことだ。 「痛かった話」で検索すると、こういうブログがあった。  漫画家「とり・みき」氏の作品に「痛い話」というものがある。読者から寄…

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老年期にさしかかった日本社会

妻と買い物に出かけた。 地元の商店街。 歩く人がまばらなのは、ウイークデーのせいばかりではない。 シャッターを下ろした店が70%くらい。 昭和40年代に完成したというアーケードが立派なだけに、寒々とした風景が際立ってしまう。 目指していた靴屋さんが、いつの間にか閉店していた。 店主とは以前からの顔見知りで、子供たちの靴はここで買っていたが、シャッターに貼られた「閉店」の断り書…

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鳥取地震の報に接して

今年4月に起きた熊本地震の傷も癒えないうちに、今度は鳥取で大きな地震。 今のところ死者が出ていないのが何よりだが、まだまだ予断は許されない段階だ。 熊本地震では、本震と思われた最初の揺れより、さらに大きな揺れが襲い、犠牲者を多く出した。 どうか、これ以上の被害が出ないことを、願ってやまない。 震源地に近い倉吉市には、一度、滞在したことがある。 3年ほど前、金沢市の工場まで部品を運ん…

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次はおまえの番だ

25歳のときに、現在住んでいるこの建売住宅を買った。 以来、35年の月日が流れたんだと思うと、しばし、茫然となってしまう。 ここで、3人の子を育てた。 その子たちを中心に、さまざまな出来事があった。 想い出は累積され、経年ゆえの劣化と反比例するように、この家の奥深くに沈殿している。 十数世帯のこの住宅団地。 子供たちは巣立っていったが、近所の方々とは変わらず、つかず離れずのお…

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「まぼろしの邪馬台国」異聞

借りていたDVDの映画「まぼろしの邪馬台国」を観ていたら、竹中直人扮する宮崎康平が、逃げた初妻の残した乳飲み子に子守唄を歌って聴かせる場面があった。 その歌は「島原の子守唄」。 後に妻となる和子(吉永小百合)が、「いい唄ですね。島原に昔から伝わる唄ですか?」と訊くと、「俺が作った歌たい」と康平が答える。 この言葉に、少々、驚いた。 実に浅学非才である自分は、それまで「島原の子守唄」が…

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ノッポさんが教えてくれたこと

NHKの教育放送で、20年もの長い間放送され、子供たちに親しまれてきた「できるかな」という番組があったことは、よくご存じだろう。 世代的には、今は30代の、自分の息子、娘たちが親しんできたと思う。 子供を膝に抱きながら、いつも一緒に観ていた記憶がある。 あの番組に出演していた「ノッポさん」は、実に愛すべきキャラクターだった。 演じたのは、高見のっぽ(高見 映)。 父親がチャップリ…

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真夏の出来事

なんとなく聞いてしまった楽曲、メロディが、 ずっと頭の中でリフレインされることがないだろうか? たとえばそれが、くだらないCMの歌なんかで、思わず口ずさんだりすると、 いまいましいこと、このうえない(笑) もう倒産してしまったけど、昔「オ○ダ」というディスカウントショップがあって、 その店に行くと、「なんだ、かんだ、なんだ、かんだ、なんだ、かんだ、オ・○・ダ」ってテーマソン…

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追われる恐怖

幼い頃には、よく怖い夢を見た。 あまりに、連日連夜、見てしまうので、「寝るのイヤだ」と駄々をこねて、 母親を困らせたものだ。 仰臥して見る天井の木目が、いくつもの巨大な目のように思えて、いつの夜か、 その目が本当にぎょろりと動いたときもあった。 泣き叫んで、むずがって、一晩じゅう、母親の胸に顔を埋めてた。 その頃に見た怖い夢を、いまだに詳細まで覚えている。 暗…

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たそがれの10月

「10月は黄昏の国」という本のタイトルを、この季節になると、決まって思い出す。 レイ・ブラッドベリという、アメリカのSF作家の手になる作品集だが、 高校生のとき、創元推理文庫で読んだきり、すっかりその内容は忘れてしまっている。 なのに、この印象深いタイトルは、いつも胸の中に刻み付けられていて、 毎年10月の暦をめくると、鮮烈に、自分の全身を覆ってしまうのだ。 今年、自分は還暦を…

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